安国寺本尊 釈迦三尊、名実共に 666年前の姿に立ち返り帰山(平成17年3月30日)

 安国寺本尊釈迦坐像脇立文殊菩薩脇立普賢菩薩の三尊は、宝馨をゆいあげて、袖衣をつけ、み手は禅定の印をお結びになっておられ、地方稀に見る大作であります。
 1998年7月13日に、文化庁文化財保護審議会永井阪大教授団長とする十名の方が、釈迦三尊調査のため来寺されました。仏像を動かされる時には総代の女性らが何百年来のはこりを払い、「ごりやくがありますよ」と光明寺の楳林和尚さんに悟らされながら手伝ったものです。続いて1999年6月15日に再調査に来寺。それ以来7年の歳月をかけ取組んで来ました。
 調査の結果、足利尊氏公が全国に設置した安固寺のうち、その筆頭とされた丹波安国寺本尊として最初期の記念的作例であり、且つ、この時期の円派仏師基準作でもあると(南北朝時代)判定され、一挙に三段階飛びで、2000年6月27日「国の重要文化財」に指定されました。
 その後、文化庁の指導で2003年4月14日よリ2ケ年をかけ京都国立博物館内の財団法人美術院の手によって、46,620,570円で全面修復を行いました。
 解体したところ、右脇侍坐像の胎内から「暦應2年3月(1339年3月)円派仏師豪円作」の墨書銘が見つかり、年代・作者が確定しました。
 更に、中尊胎内から「京保20年6月21日(1735年6月21日)後山山落大雨洪水」「元文4年8月12日(1739年8月12日)、室町仏光寺下仏師水谷作之進修復」と書かれた中尊像内中桟墨書が出てきました。この大雨洪水後釈迦三尊修復の際、脇立文殊菩薩の胴体部と脇立普賢菩薩の胴体部を取違えてそれぞれ頭部に接合していたので、この度、取付の誤りを正して像を創作当初の姿に戻しました。
 また、釈迦三尊が安置されている床下の土の中から、大工さんが工事中、手を発見しました。その手を文殊菩薩の右手に付けることによって当初の形に戻リました。(以前の木で作った刀を握っているのは不自然なので外しました)。数々の発見につき私も度々京都国立博物館に行き、発見する度に文化庁の方、美術院の方と手を取り合って喜んだところです。これらの物証により安国寺の歴史が明確なものとなりました。
 釈迦三尊全面修復は、全体を渋色で塗り、漆でIつひとつ継ぎ合せ、666年前の姿に立ち返リました。(本尊釈迦三尊の宝冠や胸の瓔珞の飾りは、明治時代に付けられたものであり、創作当時にはこのような飾りは無いと判断されました)2005年3月29・30日両日、京都府・綾部市の方々の立会いのもと、美術院7名の手によって鎮座しました。以後、千年は耐久すると言われています。 (大槻正則記:0773-44-オ306)