熊野十二所権現像
熊野神社と隣接する別当寺の願成寺には、藤原(平安)時代の作といわれる熊野十二所権現の本地仏が分置されている。藤原時代に流行した浄土教の影響で、紀州の熊野神社に十二所の本地仏が定まり、永暦年間(1160〜61)京都に新熊野神社として勧請され、王城鎮護の神として祀られた。吾雀荘(あすずきしょう)志賀郷は、その荘園として寄進され、守護神として別所熊野神社に十二所権現像が祀られたのである。
綾部市観光協会 綾部の文化財を守る会
| 指定文化財 |
綾部市指定 |
木造熊野十二所権現木造蔵王権現像 |
彫刻 |
1躯 |
藤原時代 |
| 綾部市指定 |
木造熊野十二所権現木造十一面観音立像 |
彫刻 |
1躯 |
藤原時代 |
取材記:願成寺本堂に隣接するお宅に案内を乞うと、ご主人が出てこられ、すでに願成寺の名前でなくなり、志賀郷の興隆寺の飛び寺だと云われた。興隆寺にも御住職不在の様子だと尋ねると、西方町の宝満寺の住職が兼務されていると云うことであった。
上記のように吾雀荘(あすずきしょう)志賀郷の別当寺として、隆盛を誇り近在の篠田神社なども統括したように聞いたが、檀家数が少ない(人口過疎)中では寺の維持も大変だと思った。宮津への高速縦貫道が寺の上に走るのが見える。 |
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