正光神社 山家・西原町上地  毎国庵  西原遺跡について 熊野神社 綾部の文化財一覧表へ  綾部の文化財

正光神社      山家史誌(山家史誌編纂委員会)より
 四級社 祭神:大山祇命大山咋袖) 西原町上地  境内:1333平米
 祭日:旧9月3日 近江国日吉神社は、伝教大師大和国三宝山大神神社大三輪神社)祭神大物主神を勧請し、神号を山王と奉り、比叡山の守護神として祀る。この分身を勧請し山王権現と呼んでいる。
文明八年(1476)三月十六日、大檀那道観再建した。文化九年(1812)二月、正光山王権現に昇格し、舞堂鳥居を備えた宮居となる。
 境内社 八板神社素蓋鳴尊)、猿田彦神社猿田彦命)、八幡宮応神天皇)、天満宮菅原道真、)稲荷神社(倉稲魂命ウカノミタマ
正光神社 本殿 神 殿 神殿内部
八板神社猿田彦神社八幡宮
天満宮、稲荷神社
お不動さん 籠(こもり)堂  鳥居
西原町 正光神社周辺の文化財
石燈篭   申酉古墳  札の前 古墳
山家(西原・広瀬・旭)取材記
 綾部の文化財会報から、西村洋子会員の「毎国庵」、故木下礼次先生の「西原の遺跡」の記事を収録し、HP編集のために写真の補充の必要と、故林貞美山家資料館長に案内された時の想い出の梅を撮影に写真友達を誘って出かけた。
 西村会員に電話するとご在宅で、早速、西原町一帯の文化財の所在地を説明していただき、山家史誌をお借りした。
 綾部を出た時は、日が差しており積雪の中の初梅が狙いであったが、「申酉古墳」「正光神社」「毎国庵」は降り出した雪の中での撮影になった。巨巌信仰とある大塚の「熊野神社」にまわり取材、「窯あと」は天候が悪い中で山に入るにはと見送った。
 広瀬町山家城址」にまわり、「城趾公園」周辺の「山家資料館」「谷霊神社」「梅苑」「伊也神社」を取材。梅の開花は、ようやくと言ったところで少し晴れ間も見える中で残雪を背景紅白の梅の写真をゲットした。
 友人は本格的に三脚など持ち出して撮影準備を始められたので、先に「伊也神社」に登り、神社裏にそびえ立つ「盤座いわざ)」を撮った。さらに雪の山道を登り「岩ほこら」まで行き、さらに登って「左衛門屋敷跡」「照福寺跡」を探したが、まだ先のようで友人を待たしているので引き返した。
 一通りHP編集を仕上げたので、そのコピーを持って再度、西村会員を訪ねた。
時間があると言うことで案内の好意を受けた。 「札前古墳」「窯あと」は山の中でなく道際にあったが、此処と言ってもらわないとまず判らないと思う。「出土した土器瓦片を撮らして頂いた。
 大塚の「熊野神社」に裏側から廻り「巨巌」の本当の大きさを知った。巨巌の上に立つ神社正面からは撮れなかったわけで、やはり知っている人の案内だと感謝した。
 覚応寺」も案内していただけるとのことで、旭町に車を走らせた。「仁王像のいない山門」に吊られたと、空き処になった片隅に横たわる鬼瓦に寂しさを感じた。「谷藩一門の奥津城」は、巨石が建ち並び、丁度おられた山仕事の方に被さる竹を切り開いて、見通しを良くしていただく中で取材した。
 夜に持参したHPコピーの誤りを修正する電話を西村会員からいただいた。稲荷神社「お不動さん」舞堂「籠もり堂」など、やはり地元の方でないと資料(山家史誌)からの勝手な当て嵌めでは不十分であった。