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| 綾部八幡宮神殿前 |
参拝の人々 |
桜満開の下で着席 |
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| 宮司さま ご入場 |
田おこし |
田起し 苗代づくり |
| 序:やうやう時分に罷成り候 こよみを見候え 此言葉元来味方村斎宮の禰宜申筈に候え共 近年人替候に付 兵衛勤之 半左衛門兵衛 申言葉 三社八幡宮廣前にて こよみ押廣見候えば けふも子あすも子 根へ入葉へ入野をいそげ 〜とござる。兵衛申言葉 誠に吉日なり野をいそげと有なれば苗代を見てござれ 半左衛門 鍬を取て苗代を見に行 半左衛門の言葉 是は水沢山成事 さらば苗代をうとふぞ 一鍬打ってひきおこし見候えば 古酒のかざが ほんがり 〜〜また一鍬うち ひきおこし候えば ほしきひのかざが ほんがり 〜〜さつふり〜〜右のくわかたげて座 |
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| 田すき 牛の引き廻し |
施肥 草まき |
| 左右を見て 是は千石まく程打ったと言 兵衛申様は 是は御大儀 〜と言 鋤牛の綱を神子より おりもの乃 ひらくけ細帯を出す筈なり 牛引廻し候 時に是は若牛にて殊の外にじいがさいくに成りにくい おうおう鋤をなえつつまん 宮の庄も44本 寺の庄も44本 里の庄も44本 合128ケ座之所かきあつめ・・・ 後略 |
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| 施肥 草まき 兵衛申様 御大儀候えと申 此草を持て行候え 半左衛門申様 その草どもは若い者ゆきたらよかろうに 兵衛申様 若イもの方々致候えは此草持てござらなならぬ 半左衛門申様 時分乃ことなら持ちいかざなるまい 持ていきませふ さらばえい 〜と言て ひざがしらを手につき よふよふ立ちかね さても 〜若い者が荷をよくいたしたるによって 中々おもひ事 年よりの荷に持ちかねた さてさてすぐにちらさざ成るまい うすうすや・・・後略 |
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| 種まき |
水戸まつり |
田干し |
| 兵衛申様 種がうじり候 まいてこさつてよかろう 即、白米三合斗ぼんに入てだいにのせ出す 是即もみたねなり 半左衛門受取まき申言葉 神前に向かて 宮が田えはすずちはや さらさら福の種をまかふよ 此い種をまかふよ 寺が田えはけさころも さらさら福の種をまかふよ このい種をまかふよ 百姓万人には さらさら福の種をまかふよ 此い種をまかふよ 東西南北え種を蒔・・・・後略 |
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| 鳥追 糸つむぎ |
水あて |
兵衛申 よふ鳥がたかります 鳥おふてござつたらよかろふ さてとりおふあいに此布をひとゆうし成りとめされよといふて ささらをわたす 半左衛門
申様 鳥おふたり布をつむひたりは そうおふした事じゃと言 さらばひとゆうしつむがふと言内に 鳥が即たかる ほうほうほう子持鳥のくせとしてしわつけない はてさて ほうほう ぶいんぶいんぶいん 是は布つむぐなり ほうほうとりおう也 中々糸つらもよし 嫁子ななかせながらに・・・ 後略 |
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| 水あて |
苗取り |
| 兵衛申様 さて水あててこされと言 半左衛門鍬を持て水あてに出 帰り言様 中々苗もおふきになりました 兵衛申様 左様ならばわさうえもいたしたらよかろふ 此所にて始よりかけ候御面をとり納申也 籾苗取に立ツ時 半左衛門、兵衛、二宮之傳左衛門、神子、新宮禰宜、味方禰宜 此者たち榊しばのえだ折を手に持 是は苗の心もちなり 籾うたふうたは「苗代えおりては こえをこそならすべしや こえならしや とんよ乃ならさあぬ こえは弥豊蚊や とんよの・・・・中略 ああもと苗をとらせ給へ あもとなへにこそ 千石のもみが成るや あもと苗にこそ・・・・後略 |
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| 田植え 直会 |
午後の田植え |
| 半左衛門言 よほど苗頭も見えますが わさうえをしましやうか 兵衛いかにもよふござる「あさはぁかぁに駒たぁて おふえ何駒そ あしげの駒そ たんづなかけて・・中略 此おくの三だん田乃水口に何あれをつばくらがすかけたりや ことしのこ乃い弥 そなゝで八ほづきや 八穂で九乃と・・中略 早乙女は ひるまをまつよふ なんどはほばしら立て風をこそまつよ・・・中略 此時に内神より御供物出る 兵衛申様 おなりがきた いはおうと申 いずれももと乃座敷に帰り |
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| 傘鉾のねり込み 昔は此御手子祀に一乃鳥居より馬場中に古き石場垣在 はやしは八幡宮前に集まり はやしうたふうたは「此所〜沙門の福が出来たり げにも さうよのやよ げにもめでたいな」此うたをうたいはやしたて 宮の内にはやし込 御田うえ乃ぎしきは右の通也 |
八幡宮は、綾部郷の惣社、井倉八幡宮という。 当社縁起書には、石清水八幡宮の別宮で治承年中(1117−81)平重盛が勧請したと綾部藩々記にのべている。 2月4日奉射講の弓初、4月3日御田植のまねびの行事があったが、戦時中中断した。 平成6年、寛政8年(1796)の古記録をもとに、お田植を復活し毎年実施している。
御田植祭は、綾部郷内七社の関係者が寄合い、翁の面をつけた八幡宮の神職が、暦見、田おこし、水当、田すき、種まき、鳥追い、苗取、田植を進め、苗取、田植は笛、太鼓、鉦の拍子と音頭にあわせて全奉仕者が行い、最後に傘鉾のねり込みで終了する。
綾部郷の稲作が、縁起の進行の通り、豊穣である事を神を祭って願う民間行事である。
半左衛門と兵衛の掛け合い問答と、半左衛門の所作の演技は、古式をよく伝え、一郷の年中行事の始めとして後世に長く継承されるものである。 平成11年1月 綾部の文化財を守る会 駒札より |
鐙会員の取材感想記
寛政八年(1797)二百七年前に福林家の先祖様が写された書をコピーしていただきました。文字の読み書きが出来る人が少なかった時代に、口伝えで覚え演じて語り継がれたと想像すると、古式ゆかしい儀式には計り知れない努力と苦労が偲ばれ、敬服いたします。 |