綾部八幡宮お田植え式奉納 平成15年4月6日  綾部八幡宮  綾部の文化財   綾部八幡宮HPへ
 写真提供:木下和美会員(編集者注:大幅なトリミングをしています) 資料提供協力:鐙・片山両会員 資料監修:片山 杲様
 資料:八幡宮御田植乃儀式 昭和56年辛酉1月 当主 福林松太郎 写之 (編集者注:さわり抜粋、変体仮名は当て字です)

綾部八幡宮神殿前 参拝の人々 桜満開の下で着席
宮司さま ご入場 田おこし 田起し 苗代づくり
序:やうやう時分に罷成り候 こよみを見候え 此言葉元来味方村斎宮の禰宜申筈に候え共 近年人替候に付 兵衛勤之 半左衛門兵衛 申言葉 三社八幡宮廣前にて こよみ押廣見候えば けふも子あすも子 根へ入葉へ入野をいそげ 〜とござる。兵衛申言葉 誠に吉日なり野をいそげと有なれば苗代を見てござれ 半左衛門 鍬を取て苗代を見に行 半左衛門の言葉 是は水沢山成事 さらば苗代をうとふぞ 一鍬打ってひきおこし見候えば 古酒のかざが ほんがり 〜〜また一鍬うち ひきおこし候えば ほしきひのかざが ほんがり 〜〜さつふり〜〜右のくわかたげて座 
田すき 牛の引き廻し 施肥 草まき
左右を見て 是は千石まく程打ったと言 兵衛申様は 是は御大儀 〜と言 鋤牛の綱を神子より おりもの乃 ひらくけ細帯を出す筈なり 牛引廻し候 時に是は若牛にて殊の外にじいがさいくに成りにくい おうおう鋤をなえつつまん 宮の庄も44本 寺の庄も44本 里の庄も44本 合128ケ座之所かきあつめ・・・  後略
施肥 草まき 兵衛申様 御大儀候えと申 此草を持て行候え 半左衛門申様 その草どもは若い者ゆきたらよかろうに 兵衛申様 若イもの方々致候えは此草持てござらなならぬ 半左衛門申様 時分乃ことなら持ちいかざなるまい 持ていきませふ さらばえい 〜と言て ひざがしらを手につき よふよふ立ちかね さても 〜若い者が荷をよくいたしたるによって 中々おもひ事 年よりの荷に持ちかねた さてさてすぐにちらさざ成るまい うすうすや・・・後略 
種まき 水戸まつり 田干し
兵衛申様 種がうじり候 まいてこさつてよかろう 即、白米三合斗ぼんに入てだいにのせ出す 是即もみたねなり 半左衛門受取まき申言葉 神前に向かて 宮が田えはすずちはや さらさら福の種をまかふよ 此い種をまかふよ 寺が田えはけさころも さらさら福の種をまかふよ このい種をまかふよ 百姓万人には さらさら福の種をまかふよ 此い種をまかふよ 東西南北え種を蒔・・・・後略
鳥追 糸つむぎ 水あて
兵衛申 よふ鳥がたかります 鳥おふてござつたらよかろふ さてとりおふあいに此布をひとゆうし成りとめされよといふて ささらをわたす 半左衛門
申様 鳥おふたり布をつむひたりは そうおふした事じゃと言 さらばひとゆうしつむがふと言内に 鳥が即たかる ほうほうほう子持鳥のくせとしてしわつけない はてさて ほうほう ぶいんぶいんぶいん 是は布つむぐなり ほうほうとりおう也 中々糸つらもよし 嫁子ななかせながらに・・・ 後略
水あて 苗取り
兵衛申様 さて水あててこされと言 半左衛門鍬を持て水あてに出 帰り言様 中々苗もおふきになりました 兵衛申様 左様ならばわさうえもいたしたらよかろふ 此所にて始よりかけ候御面をとり納申也 籾苗取に立ツ時 半左衛門、兵衛、二宮之傳左衛門、神子、新宮禰宜、味方禰宜 此者たち榊しばのえだ折を手に持 是は苗の心もちなり 籾うたふうたは「苗代えおりては こえをこそならすべしや こえならしや とんよ乃ならさあぬ こえは弥豊蚊や とんよの・・・・中略 ああもと苗をとらせ給へ あもとなへにこそ 千石のもみが成るや あもと苗にこそ・・・・後略 
田植え 直会 午後の田植え
半左衛門言 よほど苗頭も見えますが わさうえをしましやうか 兵衛いかにもよふござる「あさはぁかぁに駒たぁて おふえ何駒そ あしげの駒そ たんづなかけて・・中略 此おくの三だん田乃水口に何あれをつばくらがすかけたりや ことしのこ乃い弥 そなゝで八ほづきや 八穂で九乃と・・中略 早乙女は ひるまをまつよふ なんどはほばしら立て風をこそまつよ・・・中略 此時に内神より御供物出る 兵衛申様 おなりがきた いはおうと申 いずれももと乃座敷に帰り
傘鉾のねり込み 昔は此御手子祀に一乃鳥居より馬場中に古き石場垣在 はやしは八幡宮前に集まり はやしうたふうたは「此所〜沙門の福が出来たり げにも さうよのやよ げにもめでたいな」此うたをうたいはやしたて 宮の内にはやし込 御田うえ乃ぎしきは右の通也
八幡宮は、綾部郷の惣社井倉八幡宮という。
当社縁起書には、石清水八幡宮の別宮治承年中(1117−81)平重盛が勧請したと綾部藩々記にのべている。
2月4日奉射講の弓初、4月3日御田植のまねびの行事があったが、戦時中中断した。
平成6年、寛政8年(1796)の古記録をもとに、お田植を復活し毎年実施している。
御田植祭は、綾部郷内七社の関係者が寄合い、翁の面をつけた八幡宮神職が、暦見田おこし、水当田すき種まき鳥追い苗取田植を進め、苗取植は太鼓拍子と音頭にあわせて全奉仕者が行い、最後に傘鉾のねり込みで終了する。
 綾部郷稲作が、縁起の進行の通り、豊穣である事を神を祭って願う民間行事である。
半左衛門兵衛掛け合い問答と、半左衛門の所作の演技は、古式をよく伝え、一郷の年中行事始めとして後世に長く継承されるものである。 平成11年1月 綾部の文化財を守る会 駒札より
鐙会員の取材感想記
 寛政八年(1797)二百七年前に福林家の先祖様が写された書をコピーしていただきました。文字の読み書きが出来る人が少なかった時代に、口伝えで覚え演じて語り継がれたと想像すると、古式ゆかしい儀式には計り知れない努力と苦労が偲ばれ、敬服いたします。