伊也神社  山家 広瀬町城山 山家城跡桜祭り  綾部の文化財一覧表へ  綾部の文化財

伊也神社参道口 案内標識 大鳥居と石段・標柱
延喜・式内 伊也神社
鎮座 廣瀬町城山14番地の3
境内 694坪
祭神 大日霊貴尊素盞鳴尊月夜見尊
縁起 崇神天皇の御代、丹波道主命この地に先臨し給い、甲ケ峯麓に宮を築き祀られたのが、初で、後、伊也神社を勧請し、何鹿郡延喜式十二座の一に数えられている。
天正年中火災により消失、その跡を御社(ごしゃ)と呼び居りしが、文化七年(1810)十月、従二位清原宣光公、願成就により現在地盤座の清地に御本殿を移転新築された社である。
明治3年、類焼、翌年再建、昭和55年修復す。 綾部市観光協会
鳥居額 鳥居と本殿 本殿と盤座
伊也神社本殿 盤座 盤座(奥)
岩ほこら 案内標識 平地まで登ったが、まだまだ先?
式内社四級社 伊也神社  山家史誌(山家史誌編纂委員会)より
 祭神:大日霊貴尊素盞鳴尊月夜見尊 広瀬町城山1413 境内:2313平米
 祭日:旧九月十六日 伝説に崇神天皇十年丹波道主王この地に光臨し給う。王の薨後伊也神社を勧請するという。始め伊也ケ谷伊神)の奥の御社に祀ったが、天正八年(1580)に火災にあい現在地に遷す。
 谷藩では伊也神社稲荷神社と読んでいたらしいが、延喜式巻第十に丹波国何鹿郡十二座の内の一社に記され、式内社として明瞭である。旧地には三抱え余りの樫の古木が残っている。
 幣箱蓋裏書に「寄附文化七痍午年(1810)冬十月七日従二位清原宣光謹書」とあり箱内には祈祷書があって「開化天皇 仁應九代 垂仁天皇十一代 景行天皇 行丹波道主之王丹波国何鹿郡山家庄甲峯三神天照太神素蓋鳴尊 月夜見尊守護神諸神達 助計給比守利給辺上祈祷申(たすけたまひまもりたまえあげいのりもうし)事謹美々々申寿(ことつつしみ々々もうす)文化七庚午年(1810)冬十月七日 寄附奉納願成就 印 従二位清原宣光謹書印印」と、書かれている。
明治庚午年(1870)十一月、山家藩庁失火により類焼する。明治四辛末年吉祥日再建の棟札あり。昭和五十五年大本教祭主となって改築が行われた。