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積雪の中で咲く 白梅 紅梅 山家城址公園
白梅もまだ少し早い 梅園の中央 休み処 ぼんぼりも多数
山家城址資料館 伊也神社参道から見下ろす 谷霊神社全景
山家城址
ここは、谷出羽守衛友(もりとも)が天正十年、秀吉より一万六千石をもって美濃国から封ぜられた谷藩政中心の地である。
藩主、谷出羽守衛友の父は、大膳亮衛好といい、織田信長に仕え、天正四年大阪本願寺攻めに軍功をあげ、家紋揚羽蝶」を給わるが、天正七年播州三木城別所長治を攻め討ち死にし、三木の如意山金剛寺に祀る。(大膳郭に墓地
 山家初代藩主、谷出羽守衛友は、父衛好と共に三木城攻めに加わり、父討ち死にのとき、その屍を奪い返し仇を討ち取る。このときの勇戦の感状を、秀吉から家紋五三の桐」を受け、本領(山家)加増され、山家に封ぜられた。
 城址内の燈籠には、こうした史実を止める「揚羽蝶」と「五三の桐」の紋が残されている。
 こうした歴史を秘める、この山家城址は、約21,300平米の面積を有し、城址内には、藩主の祖霊を祀る谷霊神社や背後の山腹には、式内社の一つであ伊也神社があり、歴史的な文化をいまも止めている。
 この城址は、春は梅と桜、夏は色濃い緑に上林川の瀬音、秋にはもみじの紅葉と広く市民から憩う風光明媚な地として親しまれている。 綾部市
HP編集者注:資料館の上に掲げられている、上記の揚羽蝶は図案化したもので、真ん中の○は奴紋とのことです。
谷霊神社 本 殿 内殿社
祖霊社 谷霊神社    山家史誌(山家史誌編纂委員会)より
 広瀬町上ノ町八五ノ庚  境内:770平方米
 祭神は藩祖従五位下谷大膳亮衛好公、初代従五位下谷出羽守衛広公を祀る。祭日は旧九月十五日
 安永七戌戌年(1778)九月第七代従五位下播磨守衛秀公が、藩祖三木の陣に戦死してから二百年に当り、三木の大膳廊に墓碑を建立し、谷霊神社を建立する