「綾部市文化協会後援」
第43回春の研修旅行「なにわの国の国宝・文化財を訪ねて、住吉大社・南宗寺・仁徳陵古墳・堺市博物館」のご案内   事務局 四方續夫

見学箇所についてのご案

今回の研修旅行は平成15年以来9年ぶりに大坂府にスポットライトを当て諸役員の知恵を絞って計画した日帰りでは到底行けない国宝・文化財を見学研修頂けるように計画いたしました。京都交通の大型貸切2台を後記のように便宜を図り廻していきますので、ご家族・ご友人をお誘い頂き申しこみ頂きますようお願い申上げます。

住吉大社(大阪市住吉区住吉に鎮座)

到着、午前9時40分頃、駐車場よりご神官の案内で神楽殿へ向います。高齢者が多いため有名な太鼓橋は渡りませんのでご了解下さい。神楽殿にてトイレをお済ませ下さい。駐車場出発は12時間厳守です。)

御 祭 神 と 由 緒

 住吉(すみよしの)大神(おおがみ)は、住江(すみのえの)大神(おおかみ)(すみの)(えの)三前(みまえ)の大神などとも称され、(そこ)筒男(つつのおの)(みこと)中筒男(なかつつおの)(みこと)(うわ)筒男(つつのおの)(みこと)の、いわゆる筒男三神の総称でありますが、住吉大社では(じん)(ごう)皇后(こうごう)と合せて「住吉座(すみよしにいます)神社四座」として知られております。

 『古事記』『日本書記』の記するところによりますと、伊邪那岐命が崩なられた女神の伊邪那美命を追って黄泉国(幽介)までゆかれたときに、望みを達せず、かえって黄泉国の汚穢をうけられたので、それを洗い清めるため、「筑紫の日向(ひむか)の橘の小門(おど)(あはぎ)(はら)」で海に入って禊祓をされたときに、海の底より底筒男命、海の中程より中筒男命、海の表面より表筒男神の三神(住吉大神)がお生まれになられました。

 また神功皇后は第十四代仲哀天皇の皇后にましまして、父は開化天皇の曽孫にあたられる気長宿禰(おきながすくねの)(おおきみ)、母は葛城(かつらぎの)高額(たかぬかの)(ひめ)と申し天日(あまのひ)(ぼこ)後裔(こうえい)にて、第十五代応神天皇の母君にあたられる御方であります。

仲哀天皇と御一緒に九州の熊襲征伐に向われ、天皇の崩御せられた後にも、女性の御身ながら、更に進んで朝鮮半島まで出兵せられおおいに国威を発揚せられ、住吉の地に住吉大神を御鎮座されました。

第一本宮   底筒男命

第二本宮   中筒男命

住吉大神

第三本宮   表筒男命

第四本宮   神功皇((おき)長足(ながたらし)(ひめの)(みこと)

左、住吉大社の有名な太鼓橋

 
 有名な柱が方形な住吉鳥居と楼門

御 鎮 座

 神功皇后は新羅御出兵に当たって、住吉大神の御加護を得て大いに国威を輝かされ、御凱旋の後、大神の御神託によって此の地に御鎮祭になりました。皇后摂政十一(かの)(とう)(のとし)のことで、今から約1800年前、のことでありました。

 皇后の御孫、仁徳天皇が(なにわ)に遷都せられて墨江の津を開港せられ、後に大阪、堺の発展をもたらしたのは、実にこの時に起因しています。後、皇后をも併せてお祀り申上げ、住吉四社(ししゃ)大明神と崇められ、延喜の制では明神大社に列せられ津国一の宮として聞こえ高く、昭和21年まで官幣大社でありまして、全国2千余に及ぶ住吉神社の総本宮です。

御 神 徳

 住吉大神は禊祓(みそぎばらい)の御神格をもって御出現になりましたので、禊祓いの神であり、住吉祭りは「おはらい」と呼ばれる程、神道で最も重要な「祓」のことを司る神です。また、住吉大神は、「吾が和魂(にぎたま)をば宜しく大津の()中倉(なくら)長峡(ながを)()さしむべし、便(すなわち)()りて往来(ゆきかよ)ふ船を看護(みそなわ)さむ」と神功皇后にお告げになった由が日本書記、住吉大社神代記に見え、海上安全の守護神であり、奈良時代、遣唐使の発遣には、必ず朝廷より当社に奉幣があり、その海上無事を祈りました。そのほか歌神として、古来歌道の上達に志す人が当社に参籠献詠し、あるいは現実に姿を現わされる現人神(あらひとがみ)としての信仰もあり、産業商業・文化・貿易の祖神と仰がれ住吉大神の広大な御神徳はあまねく世に知られております。

主 た る 祭 祀 と御 崇 敬

(さく)(じつ)(さい)    毎月1日

踏歌(とうか)神事   1月4日

白馬(あおうま)神事   1月7日

御結(みけ)()神事  1月13日

松苗神事     4月3日

卯之葉神事  5月初の卯の日

 
 右側は国宝の第四本宮、左は第三本宮

 御田植神事  6月14日(国の重要無形民俗文化財で香取神宮(千葉)、()雑宮(ざわのみや)(三重)とともに日本三大御田植式の一つで、何時も新聞写真で拝見しています。

 尚、もっとも盛大(せいだい)なのは7月31御例祭(おれいさい)住吉(すみよし)(さい)夏越(なごし)大祓(おおはらえ)神事(大坂府指定無形文化財)で、8月1日には堺宿院の頓宮への御渡神事があります。当社では毎月数多くの神事があります。

 又、大社の祭祀は1800年連綿と続き、平成23年には御鎮座千八百年と第49回式年遷宮が執り行なわれました。

 当社に対する御崇敬は(すこぶ)る厚く天武天皇の御奉幣をはじめ御歴代天皇皇族の行幸、御神宝の御奉納などあいつぎ、特に後村上天皇は南北朝戦乱時の前後九年間に渡り当社にご在所をおかれました。

 又、明治天皇は2度、昭和天皇も2度にわたり行幸御参頂きました。

一.先ず住吉大社駐車場に着きましたら、ご神官様のご案内にて号車毎に神楽殿へ参ります。そこで正式参拝として、お神楽の奉納を致します。

 
正式参拝のお神楽殿内でお神楽の奉納を致します 

二.お神楽奉納後、号車毎に移動し第一本宮前で、2号車が先に記念写真を撮影します。その間、1号車は宝物館「住吉文化華館」を見学して、交代して記念写真となります。その後は、号車毎にご神官のご案内で摂社を含めて参拝致します。お手洗いを済ませて出発12時時間厳守でお願いします。

御 社 殿
 御本殿は、第一本宮より第四本宮までの四棟よりなり、そのいずれもが「住吉造」と称すせられる神社建築史上最も古い様式の一つであり、又第一・第二・第三の各本殿は西面して縦にならぶ型式は他に類がありません。(たん)胡粉(ごぶん)塗りの御本殿は間口二間・奥行四間で、桧皮葺の御屋根は切妻で力強い直線形をなし、(おき)千木(ちぎ)と五本の四角の堅魚(かつお)()をそなえています。内部は内陣と外陣に分れ、回廊は無く、入口は妻入式で、正面は階段により直ちに外陣に上れるようになっています。周囲には(いた)玉垣(たまがき)とその外に荒忌(あらいみ)(がき)があり、板玉垣は正面で「住吉鳥居」と称する住吉特有の各鳥居に接続しています。

 現在の御本殿は文化七年(1810)の御造営で、四本殿とも昭和28年11月に国宝に指定されております。

 
国宝の四本宮を背後から見る 

住吉大社には数多くの文化財や名所旧跡がありますが、紙面の都合上、最後に有名な住吉四社巡拝の月に一度の初辰祭りにちなんだ「(はつ)(たつ)まいり」を紹介します。お稲荷様を祀る「珺社(なんくんしゃ)」、豊作の神の「(たね)貸社(かししゃ)」、商売繁盛、集金、収益の神の「大歳社(おおとししゃ)、婦人の神、芸事の神を祀る「浅沢社(あさざわしゃ)」がありこれ等四社もご参拝頂きます。

参考文献:住吉大社社務所発行文書

昼食:美々(みみ)()堺店

場所:堺市堺区中之町東1丁目1ー12

電話:072―232―2059

(12時20分〜1時10分時間厳守)

お土産はこのお店でお買い求め下さい。他の場所でもお店が有れば即座にお求め頂くのが良いでしょう。

臨済宗大徳寺派・龍興山・南宗寺(なんしゅうじ)

(1時20分~2時20分時間厳守)(注)この寺の駐車場は大型バスは駐車出来ないので、近くから徒歩で国重文の仏殿の前に行き記念写真をしてから入場します。

   
国重文の南宗寺仏殿  山内最古の座雲亭 

南宗寺は堺第一の禅寺として有名で、堺町衆文化の向上に大いに寄与して来ました。

弘治元年(1557)、京都大徳寺九十世大林宗(だいりん)外套(そうとう)を開山として、三好(みよし)長慶(ながよし)が父元長の菩提を弔うために創建した。

当初は宿院町の南方にあったが、大坂夏の陣で焼失し、元和三年(1617)、当時の住職であった沢庵宗彭(そうほう)(紫衣事で有名、お墓は品川の東海寺にあります。)と堺町奉行喜多見若狭守勝重の努力により元和五年(1619)に現地内に再建した。

禅堂の横から入場して、見学して行きます。

   
 千家一門の墓  重文の唐門(甘露門)

座雲亭(重層の様式で山内最古の建築物。下層三間四方、上層一間四方。内部に徳川秀忠、家光両将軍の御成を記した板額がある。)

二.千家一門のお墓(右横に武者小路家、右奥に表千家、左奥に裏千家、中央に利休宗易居士のお墓があります。)

三.武野紹(たけのじょうおう)のお墓、津田宗及(つだそうぎゅう)一門のお墓 

四.三好一族のお墓

五.伝説の徳川家康のお墓

六.徳川家康のお墓(東照宮跡

七. 国重文の仏殿(大雄宝殿とも言われ、承応元年(1652)の棟札もあり、内部の須弥檀には釈迦三尊が祀られ、天井には狩野信政筆「八方睨みの龍」が描かれている。

八. 方丈前の枯山水の庭園は古田織部好みの作で国の名勝庭園に指定されている。

九. 国重文の山門(甘露門とも呼ばれ正保四年(1647)の建立である。)

十.その他多くの文化財が見学できます。


   
   

世界最大の古墳「仁徳陵(大仙陵古墳)と堺市博物館」

(2時30分〜4時駐車を出発時間厳守) 先ず、仁徳天皇陵近くの大仙公園駐車場に着いて徒歩にて班毎に見学致します。

 
 世界最大面積を誇る仁徳陵古墳

 この付近には数多くの古墳があり百舌鳥(もず)古墳群・古市古墳群がります。その中で世界一の面積464,123㎡周囲2,718、全長約486m、後円部の経約249m、高さ約35m、前方部の幅305m、高さ約35mの規模で、三段に築成された前方後円墳であります。

堺市博物館(堺市堺区百舌鳥夕雲町 電話:072―245―6201

 世界最大の面積を誇る仁徳天皇陵及び百舌鳥古墳群ヘリコプターなどでなくてはその規模を上空から見ることが出来ませんが、この堺市博物館では堺の歴史が一目で分るように展示されています。展示室は「古墳・仁徳陵」「自由都市堺」などのコーナーに分かれています。トイレを済ませて頂き大仙公園駐車場の出発午後四時の時間厳守でお願いします。尚割引料金摘要のため申し込みハガキに生年月日を記入願います。

「綾部市文化協会後援」

第43回春の研修旅行「なにわの国の国宝・文化財を訪ねて、住吉大社・南宗寺・仁徳陵古墳・堺市博物館」参加のご案内

        事務局 四方續夫

今回の研修旅行は日本最古の神社建築の原形をとどめ、住吉造りで知られる国宝四殿を始め、ご神官のご案内で特別参拝でのお神楽の奉納、午後は、堺で最も古い禅寺・南宗寺の文化財を始め、世界最大の仁徳陵古墳とその詳細を説明展示する堺市博物館と日帰りでは大変行きにくい所を計画しました。 

計画役員一同自信を持って参加をお薦め致します。会員外の参加申し込みも受付ますが、年会費1千円を別途頂きます。

      記

、期日 平成24年6月6日(水)

二、集合場所・時間は乗車場所により違いますので、出発予定より10分ほど早くご集合願います。

三、見学箇所:住吉大社正式参拝、お神楽奉納、堺随一の禅寺・南宗寺、世界最大面積の仁徳陵と堺市博物館 

四、参加費 お一人9,000円(貸切バス代、昼食代、拝観料及び入館料、心付、手作り記念写真二枚の代金を含みます。)

五、募集人員 90名(京都交通貸切バス2台予定)

、申し込み方法 5月17日(木)までに参加者全員の〒番号・お名前・生年月日・ご住所・電話番号・バスの乗車場所を明記し、葉書にて申し込み下さい。特別緊急以外の電話申し込みはお断りします。

七、申込先

 〒番号:623―0004 綾部市多田町後路28 四方續夫 宛

              行 程 表

号車:上杉バス停=白道路公民館=物部バス停=新庄バス停=綾高前バス停=綾部駅北口

    6:35  6:45   6:50  6:55   7:10   7:25

号車:市野瀬バス停=大町バス停=寺町バス停=井根口バス停=十倉バス停=山家バス停=

    6:30    6:35  6:40  6:50   6:55  7:15

 =綾部大橋バス停=綾部駅北口(合流)==綾部SA==西紀SA==阪神高速==

   7;20    7:25         8:05 8:20

住吉大社駐車場・ご神官のご案内でお神楽殿へ・正式参拝お神楽奉納、記念写真、その他  9:40頃

(駐車場12時出発時間厳守)=昼食:美々卯堺店==南宗寺参拝・見学仁徳陵・堺市                     12;20 1:10   1:20   2;20      2:30

博物館参拝・見学===堺IC==名塩SA===西紀SA==綾部IC=綾部駅北口=号車==

(4時出発時間厳守)     5:00 お買物 5:40  6:15 6:30  7時10分到着予定

=綾部大橋=山家==十倉=井根口=寺町=大町=市野瀬バス停

  7:15   7:20  7:40  7:50  7:55  8;00 8:10

号車=綾高前=新庄前=物部前=白道路公民館=上杉バス停 

       7:20  7:30   7:35    7:40      7:50