会報34号 平成14年4月20日 綾部の文化財一覧表へ 綾部の文化財
語り継ぐ製糸の女工さん 副会長 辻本 不二男氏
| 郡是分工場設置 (明治29年〜大正12年) |
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| 設置順 | 工 場 | 所在地 | 操業開始 |
| ○1 | 本 社 | 綾部町 | 明治2 9. 7. 2 9 |
| 2 | 口上林 | 上 林 | 3 9. 6. 1 0 |
| 3 | 中上林 | 上 林 | 4 0. 6. 2 1 |
| 4 | 山 崎 | 兵庫県 | 4 2. 6. 2 0 |
| 5 | 萩 原 | 天田郡 | 4 2. 6. 1 5 |
| 6 | 園 部 | 船井郡 | 4 3. 4. 01 |
| 7 | 和 知 | 船井郡 | 4 3. 4. 01 |
| 8 | 江 原 | 兵庫県 | 4 5. 3. 2 |
| 9 | 宮 津 | 与謝部 | 4 5.6.17 |
| 10 | 八 鹿 | 兵庫県 | 大正 4 .6.16 |
| 11 | 津 山 | 岡山県 | 5.6.10 |
| 12 | 梁 瀬 | 兵庫県 | 6. 4. 1 |
| 13 | 美 濃 | 岐阜県 | 7. 5. 1 |
| ○14 | 玉 糸 | 本社内 | 7.−− |
| 15 | 養 父 | 兵庫県 | 7. 12. 6 |
| 16 | 成 松 | 兵庫県 | 8. 7. 1 |
| 17 | 長 井 | 山形県 | 9. 2. 2 |
| 18 | 宮 崎 | 宮崎県 | 9. 4. 1 |
| 19 | 舞 鶴 | 加佐郡 | 9. 6. 2 9 |
| 20 | 福知山 | 天田郡 | 々 |
| 21 | 宇 島 | 福岡県 | 11. 2. 8 |
| 22 | 三 成 | 島根県 | 11. 3. 15 |
| 23 | 今 市 | 島根県 | 12. 3. 2 7 |
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○印は分工場ではないが前後に詠み込まれている。 |
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蚕都綾部の象徴であった郡是製糸梶i現グンゼ梶jは、明治29年の創業以来、生糸の輸出好調による黄金期に支えられ、また大正末や昭和初期の不況、恐慌にもよく耐えて拡大をはかり、全国の各地に相次いで多くの分工場を増設して、国内屈指の大企業に発展しました。
左記の詞はその様子を伝えるもので、大正末期までに設置された二十余の分工場(別表参照)の頭文字が設立の年月順に巧みに詠みこまれています。(工場名の改称や、併合に伴う欠落もありますがー)
ー本口中山萩(ホンクチナカヤマハギ)の園(ソノ) 和江宮(ワエミヤ)さんに八津梁瀬(ヤツヤナセ) 美(ミ)を養(ヤシノ)うて 成長(セイチョウ)す 宮(ミヤ)に舞(マ)う福(フク)誰だろう 宇(ウ)の島三(シマサン)に今(イマ)の玉(タマ)−
この詞は昭和の初期に、口上林の分工場で糸ひきさんとして働いた女工さんよりの聞き書きです。現在も九十才を目前に、かなり元気にお暮らしですが、「多くの女工さんが口ずさんでいたもので、誰が詠んだのかは判らない」、とのことでした。そのお方の家には昔から幾度かお訪ねして、当時の郡是について諸々のお話をうかヾってきました。
女工さんの制服は黒い着物に黒い袴であったこと、夏の海水浴には全員がトラックに乗せられて宮津まで行った、と記念写真を添えてのお話や、食事は会社の栄養管理方針による玄米食の毎日で、いさヽか困ったものヽ、秋には松茸ごはんを何度かいただいた等、現代の生活とは隔世の感がする興味深い話の多い中でも、とりわけ印象深いのが前記の詞です。
細々と語り継がれたこの詞が、素晴らしい機知に富んだ郡是の発展史として、後世に広く永く伝えられるよう希って記しました。
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| 郡是の女工さんも通った尼来峠の地蔵さん |