会報11号 昭和51年1月24日 あやべの文化財 綾部の文化財を守る会のHPへ
昔の料理 木下 礼次
山家の鷹栖村の庄屋文書として、文政七年(1824)の勤方日記が遺されている。内容は藩や大庄屋の触書や布達の写しであり、村から提出の書類の下書きである。また村内行事について日記風に記しており、幕末の農民生活や一村の行政内容をしる好資料である。維新の動乱期、京都や江戸の変動は他所事のように記され、農事などがかわリなく、歳時記のようで、現在と異なることは、雨乞・日和乞などの祭祀的なものが非常に多い。この中で諸種の会合で出された料理を克明に記しており、幕末の農村における馳走の程度をしることができる。日を追ってその献立をのべてみよう。
○正月八日、大庄屋寄合始。山家郷各村の庄屋が大庄屋宅に集合するものである。
餅、吸物、煮〆(物色々)、飯、汁、猪口、鱠、平、焼(ぶり切目)
○正月九日 村寄合
飯、汁、鱠、坪(とうふ・やっこ)、平
〇二月十六日 印寄(人別帳の印寄)
飯、汁、平(けんちゃん)、猪口(菜)
○四月十六日 振舞(庄星の馳走)
す飯(ふき・竹子・じゃこ)、湯豆腐、白あえ(ちさ)、飯、汁(干大根・豆腐・じゃこ)、猪口(白あえ、)平(じゃこ・竹子・焼豆腐・ふき)、きりいも
〇五月三日 植付後寄合。田植の終了を確認するものである。
飯、汁、皿(竹子・ふき)、ちさのしたし(飯のかわりにそうめんの場合もある)
〇五月十四日 麦寄寺割
豆席、酒肴、そうめん二膳位
〇六月四日 触出.大庄屋宅
酒肴(すもみうり)、飯、汁、猪口、平(肴ある)、焼もの(鮎)
〇七月七日 風願立(風難除の祈願)
◇やっこ、汁子、飯、平(じゃこ・あげ二・さえん=菜園・こんぶ)(一例)
◇やっこ(とうふ・ねぎ・じゃこ)、すいき、わかめ、みそ、すすき、す飯(ぢゃこ・ささぎ=ささげ・わかめ)、そうめん(ぢゃこ・ねぎ)、飯、汁(とうム・ぢゃこ)、平(あげ・ささぎ=ささげ・じゃこ・わらぴ・なす)、(一例)
○八月二十日 村印(年貢についてか?)
飯、汁、平(こんぶ・いも・あげ・なす・じゃこ)、猪口(に志んは=人参葉・したし)、やっこ、すすき
○十一月十日 郷割(各村入用の割合決定)
畳 一汁一菜
夜 一汁三菜。吸物、菓子椀、焼物(ひれ物二つ)、硯蓋使用
○十一月十五日 小割(対入費割合決定)
畳 飯、汁、あへ物、平(けんちゃん)
夕 湯豆腐、飯、汁、鱠(大根)、平(あげ二・にん志ん=人参・田いも・牛芳・こんにやく)
○十二月朔日 仕分け
◇畳 飯、汁、平(きえん物=菜園・あげ入)
◇夕 飯、汁、坪、猪口、鱠(池もり)、鉢二(硯蓋使用)、吸物、焼物(大板・壱・小鯛)
◇ 鉢肴(とうふ・やっこ)、坪(くり・こんにゃく・こんぶもの)、平(半へん・ねぎ・にん志ん)(別年)
○十二月四日 勘定
畳 飯、汁、なしたし
タ 飯、汁、猪口、鱠、坪、平、吸物、焼物(硯ふた) 以上は村内における各会合の献立の歳時記である。
各会合共勿論酒はでているが省略した。一覧して気づくことは現在と比較してきわめて魚類が少なく、蛋白源として豆腐類の使用が多い。またそれぞれの季節の野菜を使用し楕進料理的である。しかも道具によって料理が規制されており、その種類によって料理の程度が明らかになるといえる。食生活は戦後全く変ったが、戦前まではかかる料理の同巧異曲であったことは、年輩者なら十分経験済みのことである。
いずれの家庭でも漆器や陶器の食器が家具として保管され、料理献立の技術と共に伝承きれていったので、画一的で変化の乏しい料理のなかで、歳時記的な工夫が賞味されたのである。
最後に最上級の馳走と思われる庄屋の役披露の献立と組頭歓びの献立を紹介しておこう。
〇庄星役歓び
始り 吸物玉子、鉢もの(竹子・ふき・わらぴ・じゃこ・こんぶ)、白あえちさ、鉢もの(そうめん)
後より 飯、汁(とうふ・肴)、猪口(わらぴ白あへ)、坪(とうふ・あんかけ・板肴)、鱠(さかな・わかめ・きんかん・大根・うとなめ)、平(肴・ふき・竹子・きりいも)、?、切すし、焼もの(五・六寸位ほほう=ほうぼう鉢肴いな(盃事のはじめに)、吸物(とうふ)(終りに)
○組頭歓び
吸物(板二とうふ)、鉢もの三つ位
小附として 飯、汁、猪口、平(肴・あじ干)、五品位、鉢肴残りあれば出す、盃事 前同様
幕末たびたび倹約令が出きれたといえ、ごくささやかな内容である。と共に平一つの献立をみても、俗に、だんどりということばの様に主婦の気配りと準備は大変だったのである。